スマリッジ_婚活

遠吠え男子 1話

遠吠え男子 1話

【連載シリーズ】遠吠え男子

【連載シリーズ】遠吠え男子

遠吠え男子のはじまり

「この前すごいもの見ちゃったんですよ」
Tはいつも通りのドヤ顔で先輩社員のHさんに話しかけていた。

「え?何よ。」
待ってましたとばかりにTが口を開く。
「昨日帰り道を歩いていたら遠くから救急車のサイレンが聞こえてきたんです」
「ほう」
Hさんは笑顔で相槌を打つ。
今日は優しく話を聞いてあげるつもりのようだ。

「そしたら周りの犬が一斉に吠え始めて!
周りの家の犬だけじゃなくて散歩中のワンちゃんまで!
そんなことあります?
あんな光景はじめて見ましたよ~」
Hさんは真顔でTを見る。
彼は犬が遠吠えする場面を見たことがないんだろうか?
よほど犬の少ない地域にしか住んだことがないのだろうか…。
いや、世の中みんなが動物に詳しいとは限らない。

「え、それ普通だから。
犬はサイレン音とかに反応して遠吠えしたりするんだよ」
「ええ!そうなんですか?!」
「そう」
「すごい、犬の不思議だ…!」

犬が遠吠えをするのにはいくつか理由があるといわれる。
コミュニケーションだけでなく、不安やストレスを感じたときや、
飼い主に訴えたいことがある時などに遠吠えをするらしい。

自分だって目の前のTの生態についてまだまだ知らないことばかりだ。
Tのキラキラした目を見ながら、Hさんはあることを思いついた。
これからTのことをこっそり「遠吠え男子」と呼ぼう、と。


TはWeb制作会社で働くエンジニア。
東京都在住、30代後半、一人暮らしでおひとり様満喫中。
趣味はサバゲ―、DIY、カメラ、料理、裁縫、着物、バイクで道の駅をめぐること。
温厚な性格で、普段の口癖は「結婚したい」。

職場の先輩であるHさんは、彼の「結婚したいんです」という言葉をうんざりするほど聞いてきた。
それなのに、Tは服装に無頓着で髪の毛も数か月放置している。
もう少しでアフロと言えるほどのボリュームだ。

しかし、ちょっと抜けたところはあるが愛されるキャラの持ち主でもある。
彼が困っているなら周りは助けるし、会社で一緒に働いたことがある人たちはTの幸せを心から願っている。
なんにせよ、Tというのは憎めない奴なのだ。


「僕、結婚したいんですよね~」
仕事の休憩中、Hさんの隣の席に座るTがドヤ顔で言った。
「またか…お相手は?」
先輩Hさんが聞くと、「いません」と即答。
「じゃあ相手探しが先じゃない?」
「そうなんですよね~」
「毎回そういう事言ってるけどさ、結婚は相手がいないとできないんだよ」
「そうなんですよね~」
「そうなんですよね、じゃなくて」

おそらく本当に結婚したいという気持ちではあるのだろう。
だが毎回この調子なのでやる気はあまり感じられない。
結婚するには、当然まずはお相手がいなければならない。

「毎回そう言ってるけどいつやる気出すの?」
「いや、結婚相談所を調べてるんですけど多すぎて
どこが良いのかわからなくてですね」
一応活動する意思はあるようだ。

「良いんじゃない?私の知り合いもオンラインの結婚相談所で結婚したし」
「え、そうなんですか」
Tはスマホを取り出し、早速ウェブサイトを調べている。
「なんか…オンラインだとマッチングアプリみたいな感じかと思ってたけど、ちゃんと結婚相談所なんですね。」
「そうなのよ。意外としっかりしてるみたいよ。
まあ結婚相談所ってたくさんあるし、選ぶの大変だよね」
「そうなんです、多すぎてどれにしたら良いか悩んでたんです」
「どこでも良いからとにかくまずは結婚相談所に登録してみたら?」
「そうなんですよね~」

その時、横から後輩女子のSが口を挟んだ。
「え、Tさん婚活はじめるんですか?」
「はい」
「それならまず最初にその髪型何とかした方が良いですよ」
ズバッと言った。
「えっ」
「あと、その服装も。清潔感が感じられないです。」
「容赦ない…」

Tが肩を落とすも、Sの勢いは止まることがない。
Sはスマホを取り出し、最近流行りの髪型や服装を伝授しようとしてくれている。
「ほら、これなんか良くないですか?」
「うーむ…たしかに清潔感はある、かも。」
「でしょ!Tさん、自分が女性を選ぶ側だと思ってそうだけど、
女性側だってTさんの容姿をチェックしてますからね。」

どこまでもとどめを刺そうとしているようだ。
Tの肩が落ちすぎて地面にめり込んでしまうんじゃないか。
Hさんがそんな心配をしていると、Tがこちらを見た。

「僕ってそんなにダメですかね…」
「身だしなみは重要だよ。まあ正直、Tが身なりに気を使っているのは感じられないかな。」
「うう、何も言えねえ…」
意気消沈したTは、その後もSから散々ダメ出しをされていた。
犬だったらきっと耳やしっぽが垂れ下がっているだろう。

いつも自分にしか相談しないTが他の誰かにアドバイスを受けるのは良いことだ。
これを期に婚活にやる気を出してくれたらいいのだが。
Hさんは心の中でそっと遠吠え男子にエールを送った。


翌日。
眠い目をこすりながら職場に行き、Hさんは自分の座席についた。
するとすぐにドドドと足音が聞こえてきた。
少し遠くからすごい勢いでTが近づいてくる。
「え、え。何、どうしたの?」
鼻息も荒く、Tが言った。
「聞いてください、実は…」

▶2話につづく

このお話は弊社別部署の社員の話をもとにしたものです。
一部脚色を加えてはいますが、Tは大体こんな感じの人物です。

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